東京地方裁判所 昭和59年(ワ)2579号 判決 1986年10月28日
原告
大井健行
被告
松田製線株式会社
ほか一名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、各自、原告に対し、七九四万二九七八円及びこれに対する昭和五七年一〇月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五七年一〇月九日午後二時三五分頃
(二) 場所 東京都墨田区八広三丁目三三番七号先路上(以下「本件事故現場」又は「本件道路」という。)
(三) 加害車両 普通貨物自動車(足立一一に二七三五号)
右運転者 被告芝田丈司(以下「被告芝田」という。)
(四) 事故態様 被告芝田が加害車両を運転して本件道路を明治通り方面から水戸街道方面へ進行中、本件事故現場の横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)上を右方から横断してきた原告と加害車両前部ウインカー部分が衝突した(右事故を、以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
(一) 被告松田製線株式会社(以下「被告会社」という。)の責任
被告会社は、加害車両を自己のため運用の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を負う。
(二) 被告芝田の責任
本件事故は、被告芝田が前方の本件事故現場に設置されている信号機が赤色を表示していたにも拘わらず、そのまま進行した過失により発生させたものであるから、同被告は、民法第七〇九条の規定に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任を負う。
3 原告の受傷及び治療の経過
原告は、本件事故により頭蓋骨骨折、右上腕骨骨折、右前腕挫滅、骨盤骨折、左踵骨骨折、外傷性左腎出血等の傷害を負い、昭和五七年一〇月九日から同年一一月六日まで、同月九日から同月二二日まで、昭和五八年一月一〇日から同月二四日まで及び同年七月二八日から同年八月八日までの合計六九日間東京大学医学部附属病院(以下「東大病院」という。)に入院し、昭和五七年一〇月九日から昭和六一年四月二五日までの間に実日数四〇日同病院に通院して治療を受けたが、治癒せず、症状固定に診断を受け、右第三ないし五指屈曲制限、右肘伸展制限及び右上肢等の高度ケロイドの後遺障害が残り、右後遺障害につき自賠法施行令第二条別表後遺障害等級表(以下「障害等級表」という。)第一一級に該当する旨の認定を受けた。
4 損害
(一) 治療費 二九万三三一四円
原告は、前記病院における治療費として右金額を要求した。
(二) 看護料 四九万九一四六円
原告は、前記病院に入院中の看護料として右金額を要した。
(三) 入院雑費 一三万〇七九〇円
原告は、前記入院期間中、布団代、食費その他の雑費として一三万〇七九〇円を支出した。
(四) 交通費 四〇万一七六〇円
原告は、前記入通院のための交通費として右金額を支出した。
(五) 家政婦代 九〇万七一三五円
原告は、退院後の自宅における家政婦代として右金額を要した。
(六) 医師謝礼 二〇万円
原告は、医師に対し、謝礼として合計二〇万円(三回分)を支払つた。
(七) 逸失利益 七一〇万円
原告は、昭和五〇年九月六日生まれの男子であるところ、前記後遺障害により二〇パーセントの割合で労働能力を喪失したから、原告の収入を月額二八万一六〇〇円とし、ライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、右金額となる。
(八) 慰藉料 三〇〇万円
本件事故の態様、原告の前記受傷の内容・程度、入通院の経過及び前記後遺障害の内容・程度等の諸事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、傷害分一五〇万円、後遺障害分一五〇万円が相当である。
(九) 損害の填補 四八三万九六七二円
原告は、本件事故による損害に対する填補として、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から二九九万円、被告らから一八四万九六七二円(治療費二一万三五九九円、看護料四三万五七二八円、雑費一一万五五九〇円、交通費三五万二一六〇円及び家政婦代七三万二五九五円)を受領した。
(一〇) 弁護士費用 六〇万円
原告は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬として右金額を支払う旨約した。
5 結論
よつて、原告は、被告ら各自に対し、本件事故による損害賠償として、前記損害合計八四二万三二六三円の内七九四万二九七八円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五七年一〇月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、(一)ないし(3)の事実は認め、(四)のうち被告芝田が加害車両を運転して本件道路を明治通り方面から水戸街道方面へ進行中、右方から横断してきた原告と加害車両前部ウインカー部分が衝突したことは認め、その余は否認する。
2 同2の(一)のうち、被告会社が加害車両を自己のため運行の用に供していた者であることは認めるが、その余は否認ないし争う。
3 同3の事実のうち、原告が本件事故により昭和五七年一〇月九日から同年一一月六日まで、同月九日から同月二二日まで及び昭和五八年一月一〇日から同月二四日までの五八日間東大病院に入院し、昭和五七年一〇月九日から昭和五八年一月二四日までの間に実日数一二日同病院に通院して治療を受けたことは認め、原告の受傷の部位は否認し、その余は不知。
4 同4のうち、(九)の損害の填補の事実は認め、その余はいずれも不知。
5 同5の主張は争う。
三 抗弁(過失相殺)
原告は、本件横断歩道に設置されている歩行者用信号機(以下「本件歩行者用信号機」という。)が赤色を表示していたにも拘わらず、本件横断歩道から離れた位置から本件道路上に飛び出し本件道路を横断した過失により、本件事故を発生させたものである。
したがつて、原告の損害額の算定にあたり、右の原告の過失を斟酌し、八割以上の過失相殺をすべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実は否認し、過失相殺の主張は争う。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実中、(一)ないし(三)の事実、及び(四)のうち被告芝田が加害車両を運転して本件道路を明治通り方面から水戸街道方面へ進行中、右方から横断してきた原告と加害車両前部ウインカー部分が衝突したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第六、第一四号証、乙第一号証、本件事故現場付近を撮影した写真であることに争いない甲第七号証の一ないし六、証人木村英夫、同長谷川史郎、同長谷川一英(以下「一英」という。)の各証言、原告法定代理人大井一始及び同大井佐代美の各尋問の結果並びに原告、被告芝田各本人の尋問の結果を総合すると、以下の事実が認められる。
1 本件道路は、車道幅員約九・六メートル、中央線によつて区分された片側一車線の平坦な舗装道路で、最高速度が時速四〇キロメートルに規制され、本件事故現場付近は市街地であり、直線で見通しは良好である。右車道の両側には幅員約二・三メートルの歩道があり、右車道と歩道とは側道との交差点や横断歩道部分等のほかはガードレール及び縁石によつて区分されている。
2 本件事故現場には、車両用信号機及び歩行者用信号機(本件歩行者用信号機)が設置された横断歩道(本件横断歩道)があり、右信号機は一サイクルが六六秒で、車両用信号機は青色四〇秒、黄色三秒、赤色二三秒の順に、歩行者用信号機は青色一二秒、青点滅六秒、赤色四八秒の順にそれぞれ表示され、両信号機は、歩行者用信号機の青点滅が六秒続いた後、全赤が四秒間あり、次いで車両用信号機が青色に変わる対応関係になつている。
3 被告芝田は、本件道路を明治通り方面(南方)から水戸街道方面(北方)に向けて時速約三七ないし三八キロメートルの速度で進行し、本件横断歩道の手前約一七メートルの地点に差しかかつた際、車両用信号機が青色を表示していたため、そのままの速度で走行したところ、本件横断歩道に約一・八メートル進入した地点で、本件横断歩道を右方から左方に横断してきた原告に加害車両前部ウインカー部分を衝突させた。被告芝田は、右衝突時点まで原告に気付かず、加害車両は、右衝突後、約一三・六メートル前方で停止した。
4 原告(当時小学校一年生)は、同級生の一英と共に、本件道路の東方にある墨田区東墨田二丁目所在の社会福祉会館から本件道路に通じ、本件横断歩道の約二メートル北側で本件道路と直角に交差する幅員約二・六メートルの路地を通り、本件道路の反対側(西側)にある杉山菓子店へガムを買いに行くため、本件歩行者用信号機が赤色を表示しているのに気付かないまま、駆け足で本件横断歩道を渡りはじめたが、約五・七メートル横断したとき加害車両に衝突され、約一二・七メートル加害車両の進行方向に飛ばされて転倒した。
5 本件事故当時、加害車両の前方には走行車両はなく、加害車両が後続して走行してくる車両の先頭を走行している状況であつたため、加害車両の前方の見通しは良好であつたが、加害車両の対向車線には、渋滞車両が並んでおり、本件横断歩道の南側には貨物自動車が、本件横断歩道の北側には普通乗用自動車がそれぞれ停止していたため、加害車両の右方から本件横断歩道を横断してくる歩行者に対する見通しは困難な状況にあつた。
右認定に対し、証人長谷川史郎、同一英の各証言及び原告本人の供述中には、本件横断歩道に原告が進入したときは本件歩行者用信号機は青色を表示していたもので、その横断途中で青点滅に変わつた旨の供述部分がある。しかしながら、証人木村英夫の証言によれば、木村英夫は、普通貨物自動車を運転して、加害車両の約四〇メートル後方を同一方向に時速約四〇キロメートルで進行中、本件事故現場の約六〇メートル手前の地点で本件横断歩道の車両用信号機が青色を表示しているのを確認し、青信号のまま本件事故現場を通過できるものと判断していた矢先、本件事故が発生したのを現認したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、これに前示の信号機のサイクル、すなわち、車両用信号機が青色を表示する前に全赤の状態が四秒間あることを勘案すると、原告が本件横断歩道を渡りはじめるとき、既に歩行者用信号機が赤色を表示していたものと考えざるを得ないところであり、加えて、前掲乙第一号証によれば、一英は、本件事故直後に行われた警察官による実況見分の際、警察官に対し、本件横断歩道を渡りはじめた直後、本件歩行者用信号機を確認したとき赤色を表示していたため、横断を中止して歩道上に戻つた旨指示説明していることが認められ(右認定を覆えすに足りる証拠はない。)、このように一英の供述するところは、右実況見分時における指示説明と前記の証言との間に変遷があること等の諸点を考慮すると、前記の長谷川史郎、同一英の各証言及び原告本人の供述部分は、たやすく採用することができず、他に前記認定を覆えすに足りる証拠はない。
二 そこで、被告らの責任について判断する。
1 被告会社の責任
被告会社が加害車両を自己のために運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないから、被告会社は、自賠法第三条の規定に基づき原告の損害を賠償すべき責任がある。
2 被告芝田の責任
前記認定事実によれば、被告芝田には、加害車両を運転して、本件横断歩道を通過するにあたり、対向車線に渋滞車両が停止していて右方の見通しが困難な状況であつたうえ、付近は市街地で横断歩行者の存在も予測しえない状態ではなかつたのであるから、減速のうえ、左右の安全を確認しながら進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、減速せず、左右の安全も十分確認しないまま本件横断歩道を通過しようとした過失があるものというべきであるから、被告芝田には民法第七〇九条の規定に基づき原告の損害を賠償すべき責任があるものというべきである。
三 次いで、原告の受傷及び治療の経過について判断する。
原告が本件事故により昭和五七年一〇月九日から同年一一月六日まで、同月九日から同月二二日まで及び昭和五八年一月一〇日から同月二四日まで五八日間東大病院に入院し、昭和五七年一〇月九日から昭和五八年一月二四日までの間に実日数一二日同病院に通院して治療を受けたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いがない甲第二号証の一、二、甲第三、第四、第八号証、甲第一二、第一三号証の各一ないし四、甲第一七号証の一ないし五、原告を撮影した写真であることに争いがない甲第五号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件事故により頭蓋骨骨折、右上腕骨骨折、右前腕挫滅、骨盤骨折、左踵骨骨折、外傷性左腎出血等の傷害を負い、昭和五七年一〇月九日から同年一一月六日まで、同月九日から同月二二日まで、昭和五八年一月一〇日から同月二四日まで及び同年七月二八日から同年八月八日まで六九日間東大病院に入院し、前記受傷及びその施術のため輸血後慢性肝炎に罹患する等して、昭和五七年一〇月九日から昭和六〇年四月二五日までの間に少なくとも実日数四〇日同病院に通院して治療を受けたが、治癒せず、そのころ症状固定の診断を受け、右第三ないし五指屈曲制限、右肘伸展制限及び右上肢等の高度ケロイドの後遺障害が残り、右後遺障害につき、障害等級表第一一級に該当する旨の認定を受けたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
四 進んで、原告の損害について判断する。
1 治療費 二九万三三一四円
前掲甲第八号証、甲第一二、第一三号証の各一ないし、四、甲第一七号証の一ないし五、原告法定代理人大井佐代美の尋問の結果によれば、原告は、本件事故による前記受傷のため前記病院への治療費として右金額を要したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
2 看護料 四九万九一四六円
原告法定代理人大井佐代美の尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第九号証によれば、原告は、前記病院に入院中の看護料として四九万九一四六円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
3 入院雑費 五万五二〇〇円
原告法定代理人大井佐代美の尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、前記六九日間の入院期間中、一日当たり八〇〇円を下らない金額の雑費を支出したことが認められ、右金額をもつて本件事故と相当因果関係がある損害とするのが相当である。
4 交通費 四〇万一七六〇円
原告法定代理人大井佐代美の尋問の結果によれば、原告及びその両親等において、前記通院等のため少なくとも八一回タクシーを利用し、一回につき約四九六〇円を要したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
5 家政婦代 九〇万五一〇五円
原告法定代理人大井佐代美の尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一一号証によれば、原告は、退院後の自宅における療養中に家政婦を雇い、その費用として九〇万五一〇五円を要したが、それは、原告が歩行困難であつたうえ、原告の母が事務所や工場に働きに出なければならなかつたことによるものと認められ、右認定に反する証拠はないから、右家政婦代は本件事故により生じた相当損害と認める。
6 医師謝礼 一〇万円
原告法定代理人大井佐代美の尋問の結果によれば、原告は、医師に対し、謝礼として合計二〇万円(三回分)を支払つたことが認められるが、前示の原告の傷害の内容、程度等に照らすと、本件事故と相当因果関係がある損害としては一〇万円が相当である。
7 逸失利益 七〇〇万〇四三六円
成立に争いがない甲第一号証によれば、原告は、昭和五〇年九月六日生まれの男子であること、前記認定事実及び原告法定代理人大井一始尋問の結果真正に成立したものと認められる甲第一六号証、原告法定代理人大井佐代美及び原告本人の各尋問の結果によれば、原告は、前記後遺障害により、右手指が十分握れず、右腕も十分曲がらないことがいずれも認められ、右認定に反する証拠はなく、右後遺障害の内容・程度その他の事情を総合すれば、原告は、前記後遺障害により満一八歳から満六七歳まで一五パーセントの割合で労働能力を喪失したものと認めるのが相当であるから、昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子全年齢平均給与額である三七九万五二〇〇円を基礎に、ライプニツツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して、原告の逸失利益の現価を算定すると、その合計額は、次の計算式のとおり七〇〇万〇四三六円(一円未満切捨)となる。
3,795,200×0.15×12,297=7,000,436
8 慰藉料 三〇〇万円
本件事故態様、原告の前記受傷の内容・程度、入通院の経過及び前記後遺障害の内容・程度等の諸事情を考慮すると、原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、傷害分及び後遺傷害分を合わせて三〇〇万円をもつて相当と認める。
9 過失相殺
前記認定事実によれば、原告は、本件歩行者用信号機が赤色を表示しているにも拘らず、本件横断歩道を横断した過失により本件事故を発生させたものと認められるから、右原告の過失と前示の被告芝田の過失を対比すると、原告には本件事故の発生につき七割の過失があるものと認めるのが相当である。
よつて、原告の前記損害額の合計一二二五万四九六一円から過失相殺として七割を控除すると、その残額は三六七万六四八八円(一円未満切捨)となる。
10 損害の填補 四八三万九六七二円
原告が本件事故による損害に対する填補として、被告から一八四万九六七二円、自賠責保険から二九九万円をそれぞれ受領したことは当事者間に争いがないから、右損害残額からこれを控除すると、最早被告らに対して請求しうべき損害は存しないものといわざるをえない。
五 結論
以上のとおりであるから、原告の被告らに対する本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 塩崎勤 小林和明 比佐和枝)